振袖の歴史 

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振袖の歴史

成人式,振袖について

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                                                                    江戸時代の後期1800年代の前半、伏見宮家に伝わる振袖

振袖の歴史


現在振袖と呼ばれている和服が発生した時期は、江戸時代です。

江戸時代前期に、若い女性が着る正装の和服の袖丈が徐々に長くなっていきました。元禄時代(1688年-1703年)には袖丈は55cmから95cmくらいだったのが、江戸末期(1867年まで)には袖丈は95cmから122cmくらいになったといわれています。明治時代以降、未婚女性の華やかな正装として定着していきました。

数え年で12 - 16歳の男子が式において、氏神の社前で大人の服に改め、総角(角髪(みずら))と呼ばれる子供の髪型を改めて大人の髪(冠下の髻(かんむりしたのもとどり))を結い、冠親により冠をつける元服とは、奈良時代以降、男子の成人を示すものとして行われる儀式のことであり、通過儀礼の一つです。

一方、公家の女子の成人式は裳着(もぎ)と言います。
裳着(もぎ)は、平安時代から安土桃山時代(皇族、貴族は明治時代)にかけて女子の成人を示すものとして行われた通過儀礼(男子の元服に相当)。

成人した女子に初めて裳を着せるもので、着裳(ちゃくも)とも言います。年齢は一定しませんが概ね12-16歳(ただし戦国時代に於いては政略結婚に備えて8-10歳位に繰り上がりました)。
一人前の女性になったことを示すもので、結婚させるべき親の意思表示です。

裳を着せる役の者を腰結(こしゆい)と称し、徳望のあるものから選ばれました。また、日取りは吉日が選ばれ、裳の腰紐を結び、髪上げをしました。

また、「かねつけ親」の立ち会いのもと、初めてお歯黒を付け、眉を剃り、厚化粧をして殿上眉を描きました(引眉)。これ以降、小袖は白、袴は緋(あか)、(ただし江戸時代以降は結婚まで引き続き濃紫)となりました。

江戸時代以降、武家と庶民は男性同様元服と称し、年齢も、18-20歳位、または結婚と同時に行うようになりました。                                                                                  (  参照 wikipedia )
                       
                                                                                                                                                                               
      
京都在住のコレクター上田定緒(風俗史家)が、収集
した古美術品資料(約 6,000点の中から)を資料公開
 
 
 
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