世界の名画の中の日本 

サイト内検索浜松市のホームページ制作・スマートフォンサイト・高機能CMSサイト管理画面

ギャラリー

TOP > ギャラリー > 日本文化 > 世界の名画の中の日本

日本文化

世界の名画の中の日本

世界的画家のジャポニズム

 きもの ホイッスラー、ジェイムズ・アボット・マクニール (1834~1903)

「 バラ色と銀色:陶磁器の国の姫君 」

モデルとなったのはロンドンに住んでいたギリシアの富豪の娘で、ホイッスラーは彼女の父親の依頼でこの絵を描いたが、依頼主の気に入らず引き取りを拒否された。
これを引き取ったのがパトロンのフレデリック・レイランドである。
彼はロンドンの屋敷の食堂にこの作品を飾ったが、食堂の装飾は既に別のアーティストが手掛けていた。
ホイッスラーはそれが気に入らず、皮張りの壁を青く塗り替えるなど大幅に変更を加えたという。


 


 
 モネ、クロード  (1840~1926)

「 ラ・ジャポネーズ 」

モネのジャポニズムの作品の中でも最も顕著に、華麗に日本趣味の出た作品である。
着物に縫い取りされた髭面の男と、画家の妻カミーユの愛らしい表情とがj好対照をなし、後ろの壁飾られている団扇の中の花魁が、着物を着たブロンド娘を驚いたように振り返っているかのように見えるのは、モネの巧まざるユーモアであろうか?
幸せいっぱいのカミーユであるが、この3年後わずか32歳の若さで世を去ることになる。
 
 サージェント、ジョン・シンガー (1856~1925)

「 カーネーション、リリー、ローズ 」

アメリカに生まれ、芸術家としてはヨーロッパ育ちの典型的なコスモポリタンだったサージェントは、特にロンドンとパリの上流階級のファッショナブルな肖像画家として人気を博した。
モデルとなったのは、サージェントの知り合いの画家の子供達であるが、夕闇迫る、静かな夕べの落ち着いた雰囲気と、白衣の少女や灯のともった日本風の提灯、咲き乱れる花などがかもし出す華やかな装飾性とが渾然一体となった傑作である。
タイトルは当時のポピュラーソングの一節をとったもの。


着付けスタジオ華とは
貸衣装
和婚 浜松市近郊の結婚式場